泣かないで ありがとう この花は村上隆 の花みたいだね 「村上隆」 って誰? 村上隆は1962年2月1日に東京で生まれました。日本で育ち、幼少期にはアニメや漫画に多くの情熱を注ぎました。そしてアニメーション制作業界で働くという夢を抱きます。この夢叶えるため、彼は東京藝術大学に通うことを選びました。 村上隆は、画家であり彫刻家でもあります。彼の作品の大部分は、マンガやアニメの影響を受けています。それらのマンガやアニメと東洋の芸術とが組み合わさって、村上隆のポップアートスタイルが生まれました。 彼は様々な方法(絵画、彫刻、印刷、マルチメディア)で作品を制作しています。芸術に留まることなく、いまだに様々なメディアで多くの作品を生み出しています。ポスター、看板、インテリアデザイン、プロダクトデザイン、フィギュアデザインなどです。さらには多くの世界的なファッションブランドのプロデュースに携わるまでに成長しました。 2002年に、村上隆は、ルイヴィトンのデザイナー、マークジェイコブス(Marc Jacobs)から特別なコレクションのデザインを依頼されました。このコレクションは大成功収め、村上隆の評判は世界に知れ渡りました。 2007年、村上隆はカニエ・ウェスト(Kanye West)というラッパー歌手のアルバムカバーをデザインしました。このアルバムの中の1曲「Good Morning」のミュージックビデオのディレクターも担当しました。 彼の芸術は作品のコンセプトを反映した意義と哲学に満ちています。例えば、第二次世界大戦中の広島での原爆投下を描いた作品、「リトルボーイ」。この名前はその爆弾のニックネームとして戦時中に使用されていました。 村上は、美術史において「ハイ」と「ロウ」の境界線を曖昧にした表現、「スーパーフラット」において評価されています。浮世絵や琳派など日本の伝統美術と戦後の日本のポップカルチャーの平面的な視覚表現に類似性や同質性を見出し、それらを1つの画面に圧縮しているのです。 実は、村上隆は花を見ると気分が悪くなるので当初は花が嫌いでしたが、徐々に花をとてもかわいいと思うようになったそうです。 村上の花のインスピレーションは、1945年の広島と長崎での原爆投下から生まれました。多くの人々は花の笑顔は幸せの笑顔だととらえるでしょう。しかし目を見張り注意深く観察すると、笑顔の裏に隠された涙に気がつくはずです。 私も この花のように 諦めないわ!頑張れ~ 村上が言ったように、これらの「花」を絶望の恐怖から希望の笑顔の「花」に繋げなければなりません。

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