ある日、犬飼町に住むグリちゃんは、小学校の宿題でじぶんの生まれ育った町、川湊犬飼町について、調べて発表をすることになりました。

「発表するって、何をしたらいいんだろう?」

そんな事を考えながら、児童館に向かっていると、キャンキャン、キューン、と弱々しいなきごえが聞こえてきます。

「この辺に、ワンちゃんを飼ってる家なんてあったっけ?」

どこからともなく聞こえてくるなきごえに、グリちゃんはキョロキョロしました。キャンキャン、と聞こえるなきごえを頼りに歩きつづけると、もう空はすっかり茜色。
気がつくと、越戸峠をこえ、天神山まで来ていました。

「なきごえをおってきたのに、ワンちゃんがいないぞ」 

するとまた、キャンキャン、キューン、となきごえがグリちゃんの後ろから聞こえてきました。ふりかえると、けがをして弱ったワンちゃんがいました。よろよろ……よろよろ……と鳥居に向かって進んでいます。

「助けないと!」

ワンちゃんを追いかけると、プシュン!、と光の中にワンちゃんが消えてしまいました。グリちゃんも走った勢いで、ワッ、と鳥居の中へ。プシュン!、と光に包まれてしまいました。光がおさまり目がなれると、そこは同じ鳥居の前でした。

「お~い、ワンちゃん、どこだー!」

ところが、ワンちゃんはどこにもいません。しかたなく天神山を下ると、グリちゃんは声をかけられました。

「見かけない格好だね。どこから来たんだい?」

声の主は、見たことのないおばあさんでした。

「どこって犬飼町だよ。おばあさん、ワンちゃんを探しているんだけど……」 
「犬飼町?ワンちゃんってのは犬のことかい? 町も犬も、どっちも知らないねぇ」

おばあさんと別れ歩きはじめると、まわりは見たことがあるようで、知らないばしょです。
いつものバス停もスーパーもありません。あるのは田んぼに沿った竹やぶや森。

「ここは一体どこだろう?」

するとそこに、ドタドタと大きな地なりが聞こえてきます。ドタドタドタ、ドタドタドタ。なんだなんだ、と見渡すと、二頭の白いシカが、コチラに向かって走ってくるではありませんか。

「うわぁぁ」

驚いたグリちゃんは、その勢いで、田んぼの中に落ちてしまいました。
二頭の白いシカが、グリちゃんの前を通りすぎると、後から、たくさんの猟犬を従えたお侍さんが、シカを追っていきます。お侍さんが去るとそこに、さっきのワンちゃんが、苦しそうに倒れているではありませんか。

「ワンちゃん! どこかけがしてるの !? 助けないと…そうだ!」

痛みで苦しそうなワンちゃんを、抱きかかえるグリちゃん。走る!走る!グリちゃんは力のかぎり走ります。走った先は、天神山のおばあさんのおうち。

「どれ、どれ」

おばあさんと一緒に、ワンちゃんを手当します。そこに、ドンドンドン!ドンドンドン!と、とびらをたたく音がしました。

「たのもう!たのもう!」

おばあさんがとびらを開けると、そこには先ほどのお侍さんが、猟犬たちを従え立っています。

「身共、三代目岡藩藩主、中川久清である。おぬしら、わしの犬を知らぬか?」 
「ワンちゃんならここにいるよ」

グリちゃん、 おばあさんと一緒に助けた、ワンちゃんの方をふり向きます。すると、久清公がおもむろに近づきます。抱きかかえられたワンちゃん、クゥ~ンと苦しそうにないています。

「そちたちがわしの猟犬、マロを助けてくれたのか!」

久清公の前でかしこまる、グリちゃんとおばあさん。

「恐れながら申し上げます。その犬は、道で傷つき倒れておりましたところ、久清公の犬と知らずに助けようとし、ここまで連れてきたのです。なにとぞ、寛大な御心で御赦しを…」

おばあさん、グリちゃんの為に謝ります。久清公はその姿と言葉に、感謝の意を示しました。

「そうであったか。よかったよかった。わしの犬が、お主らの手厚い看病で助かったのだな。礼を言うぞ。お主らの功績を称えここを、犬を愛する犬飼場と名づけよう」
「あれ?僕が住んでいる所も、犬飼っていうんだよ」
「それはそれは、何かの縁。お主、どうやって我が岡藩へ」
「それが…ワンちゃんを追って、鳥居をくぐって来たんだけれど、ここがどこだかわかんない…」

「はて…そちは迷子か。確かに見ない変な身なりじゃ。くぐった鳥居はどんな鳥居じゃ」

グリちゃん、どんな鳥居か話してみますが、てんで話が通じません。
久清公はグリちゃんの為に、う~ん、う~ん、と考えます。

「鳥居なぞ天神山になかったはずじゃが。はて…?お婆は知っておるか?」
「私、生まれてこのかた、この土地でずうっと暮らしておりますが、天神山の鳥居などまったく存じ上げませぬ」
「こうなれば、考えてもいたし方なし。皆で天神山へ参ろうぞ」

グリちゃんは久清公に連れられ、越戸峠をこえて天神山を登ります。

「そうそう、確かこの辺に…」
「はてさて、このような所に鳥居なぞ…」 
「あった!あったよ鳥居だ、鳥居!」

グリちゃん、突然大きな声で指を差します。
久清公、驚きびっくりぎょうてん。

「なんとなんと、こんな所に鳥居とな。お主、あそこをくぐり、ここに来たのか?」

グリちゃんは、はい、とうなずきます。

「であれば、再び鳥居をくぐれば、そちの居た所に戻れる…やもしれぬな」
「かえって宿題やらなくちゃ」
「わしもこの地の発展の為、やらねばならんことがある。この川を湊として整え、参勤交代の要にし栄えさせる」
「それがお侍さんの宿題なんだね。よし、ぼくも宿題がんばるぞ!」

決意を新たにするグリちゃん、なごりおしそうにワンちゃんの頭をなでました。

「それじゃあ、みんなありがとう!」
「達者での~」

グリちゃんは、全力でみんなに手を振り返し、鳥居に向かって走ります。プシュン!、とグリちゃんの姿が消えて、さみしく感じる久清公たちでした。



「グリちゃん、グリちゃん、風邪ひくよ」

目を覚ましたグリちゃん、気づけば鳥居の前でねむっていました。

「あれれ、児童館のおじさん。ぼく確か…ワンちゃんを追いかけて…かっこいいお侍さんと……あれ?」

「夢でも見てたんかいね。さあさあ、帰ろうか」

二人はそろって天神山を降りていきます。その後ろで、光がキラキラと光っていました。

「そういえば、学校の宿題!」
「ほう、それはどんな宿題かな…?」

「犬飼町って、どうやってできたか、ってことなんだけど、おじさん知ってる?」

グリちゃん、おじさんにたずねてみます。

「もちろんだともグリちゃん。わたしを誰だと思ってるんだい?」

おじさん、なんとも誇らしげです。おじさんの口から語られたのは、なんとなんと、グリちゃんが見た岡藩の殿様、中川久清公とその猟犬マロとのお話、そのまんまではありませんか。話をきいておどろくグリちゃん。

「それでそれで、犬飼町はその後どうなったの?」

グリちゃんは、すごくきょうみしんしんです。

「そのあとは、大野川の水路と犬飼川湊を利用した参勤交代や、お米を集める岡藩の米蔵になってね。船もたくさん通るようになり、たくさんの人や馬車が往来し、江戸や京都の文化が入ってきて、とにかく、とても栄えていたんだ」
「そうだったんだ。じゃあ、あのお侍さん、ちゃんと宿題できたんだ」

おじさんのお話を聞いていると、いつの間にやら川湊にたどりつきました。グリちゃん、大好きな犬飼川湊に向かって走ります。すると、のぼりとちょうちんが川にズラーっと、ならんでいるではありませんか。

「そうそう、明日は豊後金毘羅宮のお祭りだ。明日は朝から、いそがしいぞ!」
「ぼくもてつだうよ!」

おじさん、なにやら嬉しそうに微笑んでいます。そこにまた、さっきの光がキラキラと光っています。翌朝、グリちゃん早起きし、朝いちばんに川湊へ一直線。

「おうおう、グリちゃん早起きだね、よく来たね」

おじさんといっしょに、祭りのおてつだいを始めます。

「今日のお祭りの豊後金毘羅宮のほかに、川湊には文化財がたくさん残っているんだよ。たとえば、碁盤坂、観音岩、波のり地蔵。余波岩にはじらい岩、川の真ん中にある於央岩。四百岩の石畳、おしどり岩にカモメ岩もあるんだよ」
「ほんとだ、たくさんあるんだね」

「ふるさとに学び、ふるさとを愛し、ふるさとに誇りと感謝を持って、宿題しないとね」

グリちゃん、大きく、うん、とうなずきます。すると、川の向こうに、白い光に包まれた犬のマロが、元気に走っているすがたが見えました。
「おじさんおじさん、あそこにマロがいるよ!」
「どこだい、どこにもいないよ」

猟犬マロがグリちゃんを見つめ、ワンワンとないています。まるで、グリちゃんを呼んでいるようです。グリちゃんは川の向こうのマロに、大きく手を振りました。

「お侍さんに、よろしくね~!」

時間がたつと、ぞろぞろと、川湊に人がいっぱい集まってきました。猟犬マロはスーッと、消えてしまいました。グリちゃん、なにか決心したように、満面の笑みを浮かべます。犬飼という地名をつけてくれた、中川久清公のことを思い出すグリちゃん。

「お侍さんが、ここまで川湊犬飼町を大きくしてくれたんだ。ぼくもここ、川湊犬飼の歴史の宿題をがんばろう!」
これより、豊後金毘羅宮のお祭りの、始まり~、始まり~。