歌舞伎における見得(みえ)とは、演目の中の、ここ一番という場面で見せる決めポーズのことです。表情だけでなく体全体で感情を表す技で、観客を含む会場全体を盛り上げます。この記事では、歌舞伎を楽しみたい初心者に向けて、見得の意味や効果を解説します。歌舞伎の基本的な楽しみ方も紹介しますので、ぜひお役立てください。
歌舞伎とは
歌舞伎は、現代まで受け継がれている日本の伝統芸能です。江戸時代のはじめに人気を博した「かぶき踊り」が起源とされています。かぶき踊りは、当時流行していた「傾き者(かぶきもの)」を真似た扮装やしぐさを取り入れた踊りでした。傾く(かぶく)とは、派手で奇抜な姿をし、常識外れなことをするという意味です。
かぶき踊りは、江戸や京都を中心に、当時の人々の暮らしや伝説などを舞台化して、全国的に盛り上がりました。
もともとは女性の芸能としてはじまった
かぶき踊りは、女性である出雲阿国(いずものおくに)という巫女が男装をして演じた踊りが始まりとされています。しかし、後に江戸幕府により、風紀が乱れるという理由から女性の役者が舞台に立つことが禁止されました。同じく、少年たちによる歌舞伎も禁止され、男性のみが演じる歌舞伎になりました。
現在は、男性の役者が「女形・女方(おんながた)」として女性役を演じます。
歌舞伎の屋号とは
江戸時代は、武士以外の人々には苗字がありませんでしたが、商人や大きな農家は屋号を名乗っていました。歌舞伎役者もそれにならって屋号を用いるようになったと言われています。現在は「成田屋」「音羽屋」「中村屋」などがあり、各流派を表すだけでなく、称号・敬称の意味合いも持っています。
歌舞伎の見得(みえ)は決めポーズのこと
歌舞伎の見得は、歌舞伎の一番の見せ場を表現する決めポーズです。演技の途中に美しく華やかなポーズで静止することで、観客の注目を集める効果があります。現代ではカメラがおこなっているクローズアップやストップモーション、また、スポットライトなどの照明のような演出を、歌舞伎では役者本人の動きでおこなうのです。
見得は、現代技術のなかった時代に、舞台で見せ場を表現するために生まれた工夫と言えます。
「にらみ」は歌舞伎の見得のひとつ
歌舞伎で有名な「にらみ」は、見得の種類のひとつで、成田屋を継承する歌舞伎の一門、市川團十郎家にのみ伝わる技法です。江戸時代には、厄除けや無病息災のご利益があると信じられていました。
にらみは、片目が寄り目、片目が中央を向く独特な表情です。目を見開き、焦点を合わせずににらみつける表情は圧巻で、現代もご利益があるとされています。にらみは、表情だけでなく、体全体を使って力強さを表現する見得です。
「見得を切る」と「見栄を張る」の違い
「見得を切る」は、「歌舞伎において見得をすること」の意味から転じて大げさな言動で相手に自分を誇示することの意味をもつ慣用句です。「切る」には「思い切って行動する」という意味があります。一方の「見栄を張る」はうわべを取り繕い、自分をよく見せようとする様子です。
2つには、自分を大きく見せようと背伸びした意味合いと、人の目を気にして自分をよく見せようとする自信のなさの違いがあります。
見得(みえ)の種類
一口に見得といっても、見得にはさまざまな種類があります。ここでは、見得ごとのポーズや表す感情の違いについて解説します。
元禄見得(げんろくみえ)
元禄見得は、典型的な荒事の見得です。右手は水平に、左手は肘から曲げて頭上にかざします。同時に大きく踏み出す左足で力強さを表現します。「暫(しばらく)」の鎌倉権五郎が切る見得として有名です。
石投げの見得(いしなげのみえ)
石投げの見得は、左足を上げて、頭上で右の手のひらを開きます。右手で石を投げたような形であることが名前の由来となっています。「勧進帳」の弁慶が切る見得として有名です。
不動の見得(ふどうのみえ)
不動の見得は、左手に数珠を持ち、右手に剣や巻物を持つ形をとります。不動明王を表す見得で、他の見得に比べ、穏やかな感情で威厳のある姿です。「不動」や「鳴神」、「勧進帳」の弁慶で有名です。
柱巻きの見得(はしらまきのみえ)
柱巻きの見得は、柱や薙刀などの長いものに手足を巻きつける見得で、座頭俳優のみが用いる約束があります。「鳴神」では、鳴神上人が柱巻きの見得を切ることで、全身で怒りを表現します。
絵面の見得(えめんのみえ)
絵面の見得は、舞台上にいる役者全員がそれぞれの体勢で静止し、均整の取れた一枚の絵のように見せる手法です。物語のラストシーンを飾る、幕切れの演出として用いられます。「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」の幕切れが有名です。
見得が見られる有名な演目
歌舞伎には4,000以上の演目があります。ここでは、その中でも見得が有名な、代表的な演目を4作品紹介します。
義経と弁慶、富樫左衛門の逃亡物語「勧進帳(かんじんちょう)」
勧進帳は、成田屋のお家芸のひとつで、上演回数も多い人気作です。落ち延びるために逃避行を続ける源義経と弁慶と、関所を守る役人である富樫左衛門との攻防を描いています。主君を助けようとする弁慶の忠義と、疑いを持ちながらも、弁慶の強い思いに心打たれる富樫との緊迫した駆け引きが見どころです。
弁慶による石投げの見得や不動の見得など、名場面が続く勧進帳は歌舞伎初心者におすすめの演目です。
わかりやすい正義の味方の物語「暫(しばらく)」
暫は、成田屋のお家芸のひとつで、ヒーローが悪を懲らしめる勧善懲悪の典型的な物語です。敵役(かたきやく)に殺されそうになっている人々を助けるために、鎌倉権五郎景政が「しばらく、しばらく」という大きな一声とともに花道から登場します。
歌舞伎を代表するメイクの隈取に奇抜な髪型、大太刀や派手な衣装など、荒々しく激しい演技である荒事ならではの扮装は見どころのひとつです。暫で見られる元禄見得は特に有名です。
美女の誘惑と惑わされた怒りを表現「鳴神(なるかみ)」
鳴神は、朝廷との諍いから竜神を閉じ込めて雨を降らせないようにした鳴神上人(なるかみしょうにん)と、朝廷のスパイである美女、雲の絶間姫(くものたえまのひめ)との物語です。
見どころは、前半と後半の雰囲気の違いです。前半は絶間姫が上人を誘惑する色っぽいしぐさや、それに翻弄される厳格な上人とのやりとりが中心なのに対し、後半では裏切られた上人が、怒りを柱巻きの見得や不動の見得など、さまざまな表現で荒事を演じます。
曽我兄弟の復讐の物語「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」
寿曽我対面は、鎌倉時代に起こった曽我兄弟の仇討ちをテーマにした「曽我物」と呼ばれる物語のひとつです。父を殺された曽我十郎(そがのじゅうろう)・五郎(ごろう)の兄弟が、敵である工藤祐経(くどうすけつね)を討つ物語です。
歌舞伎の典型的なキャラクターたちが揃って決める絵面の見得は、一枚の絵画のようにラストを飾り、壮大で美しく圧巻です。おめでたい演目として、正月や襲名披露などで上演されます。
歌舞伎の見得(みえ)と掛け声の関係
歌舞伎の見得は、客席からの掛け声がセットになっています。ここでは、見得と掛け声の関係について解説します。
歌舞伎における掛け声とは
歌舞伎では、上演中の掛け声が、舞台を盛り上げる重要な要素のひとつとなっています。役者が登場するシーンや、見得を切ったときなどの見せ場で、大きな掛け声が客席の上の方から聞こえてきます。「〇〇屋!」や「✕✕代目!」など屋号や代数で呼び掛け、会場全体と役者の気持ちを盛り上げます。
掛け声をかけるのは「大向こう」さん
会場で掛け声を掛けているのは「大向こう(おおむこう)」と呼ばれる人たちで、「大向こうの会」があります。掛け声を個人的に掛けることは禁止されていないものの、場の雰囲気を崩さないタイミングを理解していることが大切です。
「大向こうの会」は全国各地にあり、タイミングや屋号、代数などを勉強してから本番に臨む大向こうさんは、掛け声のプロであると言えます。
歌舞伎の楽しみ方
初めて歌舞伎を鑑賞する人でも安心して楽しめるよう、コツやマナーを解説します。
チケットの購入方法
初めて歌舞伎を鑑賞するなら、当日券の「一幕見席(ひとまくみせき)」の購入がおすすめです。1,000円程度から、手軽に買うことができます。歌舞伎は通常、休憩を挟みながら3~4幕を鑑賞するものですが、一幕見席は好きな時間、好きな演目だけを見られます。その他のチケットは、インターネットや電話でも購入できます。
事前にあらすじを調べておくとよい
歌舞伎の演目は、歴史の出来事や伝説、昔の風習が題材です。あらかじめ見る演目のあらすじを把握しておくと、話の流れを理解しやすくなります。慣れるまでは、内容を音声でガイドしてくれるイヤホンガイドもおすすめです。事前に予約をしておけば、借りられます。
服装や持ち物
歌舞伎鑑賞にあたって、ドレスコードのようなものはありません。伝統芸能で敷居が高いと感じるかも知れませんが、気負う必要もありません。長時間座って見ていても疲れない格好で行きましょう。双眼鏡やオペラグラスなどを持っていくと、役者や舞台がよく見え、細部まで楽しむことができます。
飲食物のマナー
歌舞伎は、ひとつの部で4時間ほど鑑賞することになります。演目と演目の間に15〜30分ほどの、幕間と呼ばれる休憩時間があり、その時間は食べ物や飲み物を席でも自由にとれます。劇場内でお弁当を購入したり、食事処を利用したりなども、歌舞伎見物の楽しみのひとつです。チケットの半券で再入場もできるため、近くで休憩することも可能です。
まとめ
歌舞伎の見得は、見せ場で役者がおこなう表現で、舞台を盛り上げる演出技法です。照明や、カメラによるクローズアップ、ストップモーションなどの技術がまだない時代に、役者の工夫から生まれました。見得にはいくつもの種類があり、それぞれの意味を知っていると、演目をより楽しむことができます。
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