代表的な歌舞伎のメイクに隈取(くまどり)があります。隈取とは、白く塗った顔に紅や墨を使って筋肉や血管を強調する模様を施した化粧法です。この記事は日本に興味がある人に向け、歌舞伎のメイクの隈取について解説します。隈取の色が持つ意味や代表的な種類、注目したいポイントも解説しているので、参考にしてください。
歌舞伎のメイク「隈取」とは
歌舞伎のメイクにはいくつかの定型があり、代表的なものが隈取です。隈取とは白く塗った顔に、赤色や青色の線を引き、指でぼかす化粧法です。顔の筋肉や血管を強調して、大袈裟にキャラクターを表現しています。筋の入れ方や色には意味があり、善人・悪人といった役柄がひと目でわかります。
隈取が生まれた背景には、歌舞伎が流行した江戸時代の舞台の薄暗さがあります。照明がなく遠くの観客に表情が見えにくい課題を解消するために、隈取という手法が生まれました。
隈取の色が持つ意味
隈取の筋は赤色・青色・茶色の3色です。役柄によって使う色が決まっており、色の持つ意味がわかれば、歌舞伎を理解しやすくなります。ここでは、隈取の色が持つ意味について解説します。
赤色

赤色は正義、強さ、勇気を意味し、正義の味方・若々しく力強い英雄といった役に使われます。赤色の筋が多いほど、力強さや怒りの感情が溢れ出し、血の気が多く勇敢な様子を表現しています。豪快で活気のあるヒーロー役が登場する、初代・市川團十郎が作った演目の荒事(あらごと)歌舞伎でよく見られます。
青色

正義を意味する赤色とは逆に、青色・藍色は悪人や敵役に使われます。悪人には青い血が流れていることに由来し、悪人の冷酷さを表現します。とくに藍色の隈取が使われる場合は、悪人の中でも身分の高い悪役です。不気味さを連想することから、恨みを持つ亡霊や、嫉妬深い女性にも青色の隈取が使われます。
茶色

茶色は、鬼や妖怪といった人間以外の登場人物に使われます。暗い色味は、得体の知れない怪奇な存在の恐ろしさや、不気味さを表現しています。赤色・青色に比べて、茶色の隈取は使われることが多くありません。「土蜘」の土蜘の精、「紅葉狩」の鬼女で使われています。
代表的な隈取の種類
隈取は100種類ほどあるともいわれます。その中から、むきみ隈・筋隈・一本隈といった代表的な隈取の種類を解説します。
むきみ隈

むきみ隈(むきみぐま)は、若々しく正義感にあふれた役に用いられる紅隈(べにぐま)です。紅隈とは赤色の隈取のことで、荒々しい役や色気がある役、美男役、恋人がいる人気の役で使われます。貝をむいた身の形に似ていることから、むきみ隈と名付けられました。
代表的な役には、「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」の助六、「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」の曽我五郎(そがのごろう)があります。
筋隈

筋隈(すじぐま)は力強さや激しい怒りを表し、超人的な力を持つ正義の味方に使われる紅隈です。荒事と呼ばれる豪快な演技の代表的な隈取で、紅の筋を跳ね上げるように隈を取ることから名付けられました。鼻筋、額、顔の両側に紅で隈をとり、顎を三角に塗り、口角に墨を入れます。
代表的な役は、「暫(しばらく)」の鎌倉権五郎(かまくらごんごろう)」や、「矢の根(やのね)」の曽我五郎があります。
一本隈

一本隈(いっぽんぐま)は力強くて頼りになるものの、やんちゃで暴れん坊な役に使われる紅隈です。目尻から頬にかけて縦に一本の隈を取ることから、名付けられました。顎の下には、二重顎を示す隈を取ります。
代表的な役には、「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」の「賀の祝(がのいわい)」の梅王丸や、「国性爺合戦(こくせんやがっせん)」の和藤内(わとうない)などがあります。
二本隈

二本隈(にほんぐま)は、落ち着きがあり、力強い大人の役に使われる紅隈です。内に秘めた力強さや堂々とした様子を表現しています。目頭から下まぶたと、目頭から眉毛に向かって二本の隈を跳ね上げるように取ることから、名付けられました。顎には青色で髭を、目尻や唇の内側には墨を入れます。
代表的な役には「菅原伝授手習鑑」の「車引の場」の松王丸、「鳴神(なるかみ)」の鳴神上人などがあります。
公家荒

公家荒(くげあれ)は、天下を狙い国を転覆させるような、高い身分の大悪人の役に用いられます。青色・藍色が使われる藍隈で、冷たく不気味な印象を与えます。眉をはっきりと濃く際立たせたり、顎に丸く隈を取ったり、額に位星(くらいぼし)という丸い形を隅で入れたりと、不気味さを強調する工夫が凝らされます。
代表的な役は、「菅原伝授手習鑑」の「車引の場」の藤原時平(ふじわらのしへい)、「暫」の清原武衡(きよはらのたけひら)があります。
猿隈

猿隈(さるぐま)は豪快な武士なのに、猿のようにユーモラスな敵役に用いられる紅隈です。猿の顔のように3本横線を描き、眉はなすび眉と呼ばれる八の字に茄子のような形に仕上げます。
猿隈は、動物や植物をモチーフにした戯隈(ざれぐま)のひとつです。戯隈とはふざけた隈取という意味で、猿以外にコウモリ、カニなどが使われています。代表的な役は、「寿曽我対面」の小林朝比奈(こばやしあさひな)があります。
歌舞伎のメイク「隈取」の手順
歌舞伎のメイクの隈取は、現代の一般的なメイクとは異なります。ここでは、3つの手順で解説します。
1.下地を塗る



歌舞伎のメイクの下地には、鬢付油(びんつけあぶら)を使います。固形の鬢付油を手に取り、よく伸ばして顔や首に塗ります。鬢付油は白粉(おしろい)との密着度を高め、ムラのない白肌に仕上げる効果があります。隈取は自眉を使わないため、太白(たいはく)というロウを使って自眉を潰すように固めます。
2.白粉を塗る

白粉は水で溶き、刷毛で一気に顔に塗ります。乾くとムラになるため、スピード感が重要です。続いて牡丹刷毛やスポンジで叩いて水分を取り、下地の鬢付油と密着させます。かつらをかぶる際に髪を隠すために頭に巻いている羽二重(はぶたえ)と額との境目の色をなじませ、違和感をなくします。
3.隈を取る

歌舞伎の世界では、隈取をメイクすることを「隈を取る」と表現します。白粉を塗った土台に、紅と墨を使って顔の筋肉や骨の凹凸に合わせて隈を取ります。筆で線を引いて指でぼかすか、ダイナミックに指だけで描きます。隈取は豪快な役柄に使われるため、ラインを綺麗に引くよりも、なじませて一見雑に見えるほどの大胆なメイクの方が好まれます。
歌舞伎のメイクで注目したいポイント
歌舞伎のメイクは、それぞれの個性が見られることが醍醐味です。ここでは、歌舞伎のメイクで注目したいポイントについて解説します。
歌舞伎役者は自分自身でメイクする

歌舞伎にはメイクアップアーティストはおらず、役者自身がメイクをします。メイクをすることを「顔をする」と表現し、芸事のひとつとされます。メイク技術を持たない子役以外は、人間国宝級のベテラン役者でも自身で顔をするのが基本です。隈取の種類によって筋や模様は決まっていますが、自分好みに隈を取りながら役の気持ちに入るため、個性が出るのが醍醐味です。
紅にこだわりが現れる

隈取において、とくに紅にこだわりが現れます。市販のものをそのまま使うのではなく、色味を調整して手作りするのが一般的です。存在感のある深くて濃い色が好まれるため、すりつぶして粉にした紅に日本画の顔料を混ぜたり、墨を足したりして理想の色を作ります。鬢付油と椿油を加え、よく練ったら完成です。
まとめ
歌舞伎の代表的なメイクが隈取です。隈取は筋肉や血管を強調したメイクで、役者の役割・感情を表現しています。色が持つ意味や代表的な種類がわかれば、ひと目で歌舞伎の演目を理解しやすくなります。
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